松浦武四郎 執筆日誌 公開

自筆稿本 日誌2点

「丁巳(ていし) 曽宇津計日誌(そうつけにっし)」 (26.5×18.7cm、27丁)
「丁巳(ていし) 志古津日誌(しこつにっし)」 (26.5×18.7cm、22丁)

 松浦武四郎が安政4年(1857)に箱館奉行の命を受け、蝦夷地を踏査した報告書(「丁巳日誌」24巻)の一部です。旧北海中学校北駕文庫に蔵せられていた函館奉行所への呈上本の一部とみられます。 「丁巳日誌」はこのほか松浦家文書に稿本が1セット、市立函館図書館に写本(北駕文庫本を写したもの)が1セット蔵せられています。
 また、松浦家文書の稿本と函館図書館の写本を校合し、解読した成果が、高倉新一郎校訂・秋葉実解読『丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌』(北海道出版企画センター、1982)として上梓されています。

 「曽宇津計日誌」の「曽宇津計(そうつけ)」は、武四郎によって「ソウツケ」「ソーツケ」「宗付」とも表記され、 尻別川の上流にある支流(山田秀三『北海道の地名』北海道新聞社、1984によれば、「ソウスケ川」)の河口附近をさします。
 この日誌には、倶知安~余市~石狩のルート沿いにみえる山川・動植物・地名の起源などが、挿図とともにしるされています。

 「志古津日誌」の「志古津(しこつ)」は、武四郎によって「シコツ」とも表記され、千歳川をさします。
 この日誌には、千歳川~支笏湖口~樽前のルート沿いにみえる山川・動植物・地名の起源などが、挿図とともにしるされています。